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![]() 久々に晴れて、気温もぐっと下がったハンブルグ。 暖冬中はずっと、“せっかくの冬なのに!”なんて言ってたくせに、気温が下がったら下がったで、やっぱり耳がちぎれて、おでこが割れそうなくらい寒い!!!! まぁ、それでも、お天気が良くて空気が冷え切ってて、空が高くて、やっぱり北ドイツの冬は嫌いじゃない。 お日様が顔を出すと、陽が長くなってるのを感じることができるのも、また幸せ。 さてさて、少し前に『ベートーヴェンの手紙を発見!』という記事をネットで読んだのですが、その手紙がリューベックで公開されてるとのことで、見に行ってきました! (ちなみに、リューベックはハンブルグよりも、さらに寒い・・・。) なんでも、ベートーヴェンが楽譜の出版に際して金銭的援助を求めた手紙で、受け取り人の作曲家、シュトックハウゼンのひ孫の遺品の中から発見されたそう。 ![]() とはいっても、ベートーヴェンの字自体が汚いのと、やや“書きなぐられた”感じで、そのままでは解読不可能でしたが…。 この手紙を書いた時、ベートーヴェンは耳が聞こえないのはもちろん、目も相当悪くなってたみたいで、そのせいで字が読み辛いのでは無いかということ。 『でも、彼の楽譜も丁寧じゃないって聞くし、性格かしらね。』と言うのは、スタッフのおばちゃん。笑 それでも、この紙をベートーヴェンが触って、手紙を書いて、その手紙に封をして・・・と考えると、なんだか不思議な気分ですが、やっぱり感激。 ちなみに、封筒を用いずに書いた便箋をそのまま折って宛名を書いたそうで、その折り目もくっきり残ってます。 左側が破れているのは、ベートーヴェンが一度手紙を折って封をした後、一度開封して、追加の手紙を入れ直した時の名残ではないかという話。 年末に発見されたこの手紙、10日間ほどしか公開されないということで、混んでるのでは??と思ってましたが、なんと貸し切り状態。 スタッフのおばさまに付きっきりで説明してもらい、1時間ほどじっくりと見学してきました。 日曜までの公開を終えた後は、大事に保管され、今後公開される予定は今のところないそうですが、いやはや、貴重なモノを見させていただきました。 この手紙が公開されたのは、リューベックの町はずれにある『ブラームスインスティテュート』という場所ですが、名前の通り、ブラームス所縁の品にも、たくさん出会うことが出来ました。 ブラームスの直筆譜、生写真や、シュトラウスやリスト、ハンス・フォン・ビューローなどの連絡先が書かれたアドレス帳など。 なかでも、ブラームスが晩年過ごしたウィーンの家に置かれてたピアノ。 幸運にも、特別に弾いても良いわよ!とのことで、弾かせてもらいました。 優しく弾いてね。と言われ、壊したらどうしよう・・・と、ちょっとビビりながら弾いてんですが、思った以上に現代のピアノに近い感触。 鍵盤はやや深く、軽いけど深くて柔らかい感触で、丸くて深くて暖かい音がしました。 あぁ、ブラームスが聞いていた音って、こんな音だったんだ・・・と感激。 先日、ウィーンに行った時、偶然にも足を運んだ“ブラームス最後の家”。 残念ながら、工科大学の校舎拡大に伴って、取り壊されてしまい、今はプレートが掲げられているだけですが、その家にあったピアノを弾くことが出来た、この幸せ。 しかし、私はてっきり、そこにあった実物のピアノだと信じて疑わずに弾かせてもらったのですが、帰って調べてみると、そこにあった楽器は焼失したとの説も・・・・。 まぁ、確かにブラームスの本物のピアノだったら、私なんか弾かせてもらえるはずないような気もしますが、いずれにしよ、彼の時代の音をちょっとだけ聞くことができたこと、ましてや自分でその時代のピアノで、その時代に生まれた作品を弾くことが出来たこと、貴重すぎる経験! ![]() こうやって手紙を見たり、ピアノに触ったりすると、今まで以上に作曲家たちが一気に近くにやってくる気がします。 なんだか、生身の人間として彼らが生きてたことを実感することが出来、彼らの時代の延長線上に立ってる自分を認識することが出来る感じ。 この数カ月、縁あってウィーンに数回足を運びましたが、そこで訪れた、ベートーヴェンの家、遺書を書いた家、シューベルトが亡くなった家、ブラームスが亡くなった家。 彼らが使ってた楽器や、デスマスク、髪の毛。 大作曲家としてではなく、ひとりの人間として、彼らを身近に感じるこの感覚。 これこそが、ヨーロッパにいるという一つの意味なのかもしれません。 (実際、私が長年住んでるこの家も、マーラーが住んでた家のお隣っていうのも、よくよく考えれば、すごい話。) そして、身近に感じれば感じるほど、彼らの作品への愛情も深まっていくような気が。 ベートーヴェンの手紙を目にし、彼が聞こえない耳で聞き、見えない目で楽譜に記した晩年のソナタ。 救いようのない絶望、諦め、でもやがて訪れる救済、苦しみながらも美しく穏やかな旋律。 “理解できない~。”とか言ってないで、もっともっと、大切に弾かなきゃ・・・と、少し反省。 そして、ブラームスへの愛も。 ちょうど、これからブラームスに本腰入れて取り組まなければならないこのタイミングで、あの場所へ足を運べたこと、あのピアノを弾けたこと、そのことに感謝しながら、練習しようと思います。
1月13日。
年明け早々、水浸しの我が家。 以前から、バスルーム付近の床が濡れることがあって、何度か修理に来てもらってたのですが、またも水浸し発生。 今回は、かなり広範囲にわたってビチャビチャで、ドアが水吸って閉まらなくなったり、家具の裏にもカビを発見したり・・・。 ハウスマイスターを捕まえて見に来てもらうも、原因不明・・・な1日目。 昨日来たハウスマイスターが先輩同僚を連れてくるも、原因不明・・・な2日目。 んで、今日。 現在、後輩ハウスマイスターがとりあえずの作業中。 水道管を新しくして、剥がれかけてるタイルを貼り付けてくれてるらしい。 問題は、ハウスマイスターの仕事時間がかなり早朝なこと。 だいたい朝8時にやってくる。 (本当は朝7時くらいから作業したいらしい。) 確かに、高校生の頃は8時過ぎの電車に乗ってたし、中学生の頃は7時から部活の朝連だったし、K芸時代だって毎朝8時前には家出てたけど。 けどけど、この暗いハンブルグで朝8時は辛すぎます。 気分的には、日本の5時くらいの感覚。 言いわけじゃないけど、明るい夏は普通に7時とかに起きてたし,やっぱり陽が昇る前に起きるって辛い。 最近気付いたんですが、私はどうも、午前中に頑張れなかった日は一日中ダメみたいで、そんなこんなでここのところ毎日早起きするも、作業を見守らねばならんため、練習できず。 おまけに無駄に早起きしてるから、生活リズムが乱れ、眠い。⇒一日中ダメ人間。 という日々。 現在タイル張替え中のハウスマイスターを見守りながらの朝9時。 ようやく空が明るくなってきました・・・。 それにしても、本番前で練習しなきゃいけない時に限って、水浸しと早起きの刑。 そういえば、年越しはちょっと豪華に・・・と思って、高いとこに泊まってみたけど、年越しの瞬間が近づくにつれて霧が濃くなり、大事な時には、すぐ先も見えないほどの濃霧で期待してたほどの花火は見れなかったし。 おまけに2012年発目覚めは、原因不明で突然大音量で付いたテレビが原因だったし。 まだまだ厄年続行中。 早く来い来い、節分!!! さてさて、タイルの接着剤が乾くまで、作業は中断。とか言ってるけど、あとどれくらいかかるんだろうか? んで、今度こそ本当に水浸しは解決するんだろうか?? そして、今日は勤勉に過ごせるんだろうか、私!!??? ![]() 今年のハンブルグは北ドイツらしからぬ暖かい冬で、雪も積もらず、なんなら日本の方が寒いんじゃないか・・・ってくらいで、そのせいか全然、クリスマス、ジルベスターが来る気がしなかったんですが、早いモノでクリスマスが終わって早1週間。 そして、2011年も最後の日がちゃんとやってきました。 去年の年越しは、年明けすぐの試験で手いっぱいだったのを思い出す。 そっか、あれから1年か。 ってことは、2つ目の卒業試験が終わって約1年。 去年は“もしかしたら来年の年越しはハンブルグにいないんじゃ?”と思ってましたが、今年もちゃっかりハンブルグで年越しを迎えることになりました。 思えば、留学して以来、年越しはハンブルグにいないことも多かったけど、それでも通算8回目の新しい年。 随分長い間、ドイツで過ごしたものだ。 2011年は本当に低空飛行でした。 何をやっても思い通りにいかず、ずい分無駄な事をしてしまったな・・と思うことが多かったのですが、年末に向けて、その“無駄だと思ってたこと”から、少しずつ将来に繋がる糸口が見つかり始めてて、びっくりしているところ。 どんなことにも意味がある、人生に無駄なんてないんだなぁ・・・と実感しております。 来年は、5月に本当に最後の卒業試験が控えており、コロ先生からの旅立ちが着々と近づいてきてます。 正直、来年の今頃はどこでどう過ごしてるのか、全然想像つかないけど、きっとハンブルグにはいないんだろうなぁ・・・・。 新しい環境、新しい自分を求めて世界を広げると共に、とにかくハンブルグ生活を楽しむのが2012年前半の目標です。 手始めに?最後になるかもしれないハンブルグの年越しをしっかり目に焼きつけられるように、新年はちょっと贅沢に迎えようと思います! ・・・というわけで、私は今、街を見下ろす高い場所にいますが、すでに街中では花火が所々で上がり始めております。 ドイツではあと3時間と少しで年明け。 どうか、2012年、世界が平和で笑顔に満ちた1年になりますように。 そして、悔いのないハンブルグ生活を送れますように。 ![]() ハンブルグのヴァイナハテンだって、イタリアのナターレには負けてません。笑 今年は、久しぶりにくるみ割り人形を鑑賞し、今まで行ったこと無かった場所のクリスマス市も覗き、クリスマスらしいクリスマスを楽しみました。 ![]() ![]() そして、今年はついに、サンタさんがソリに乗り降りする場面を目撃しテンションが上がる、夢を忘れかけた大人。笑 近くで見たら、天使が黒ぶち眼鏡だった・・・。 ![]() ![]() ![]() 街のイルミネーションもそうですが、クリスマス市も、毎年同じ場所に同じ店、同じイルミネーションで、数年前までは“なんかレパートリーに欠けるー。”とか思ってたんですが、今となってはそれはそれで何かホッとしたりします。 もしかしたら今年が最後かも・・・と思ってる身としては余計にそうかも。 ちなみに、もう長らくドイツで生活してるので、さすがにクリスマスはほとんどの店が閉まっていることは分かってたつもりでも、スターバックスとマクドナルドまで閉まることは知らなかった引きこもりの私。笑 そして、引きこもりなくせに、クリスマスに限って、スタバのカフェが飲みたくなって、閑散とした街をぷらぷらしてしまいました。 本当にびっくりするくらい車も人も少なくて、でも、いつも賑わってる街がしーーーんと静まりかえってる感じも、新鮮で嫌いじゃないです。 ![]() ・・・というわけで数えてみたんですが、この8年間、ハンブルグで過ごしたクリスマスは以外に少なくて、実は4回目でした。 まぁ、4回目なのに休日がよく分かってないというもの、どうかしてるとは思いますが。笑 ![]() 今年のサンタさんからのプレゼント↑ ・・・ではなく、自分へのイタリア土産。中身は・・・ ![]() イタリア、エミリア・ロマーニャ産の生ハムと手打ち生ラヴィオリ。 私が最近、足しげく通ってるボローニャは、ボロネーゼの語源の地でもあり、生ハムやパルメザンチーズの名産地パルマも近所だし、『食の国』イタリアの中でも、『食の州』って称される地域らしい。 レストランも絶対にはずれがない!って色んなガイドブックに書いてあるにも関わらず、いまいちおいしいモノにありつけてない残念な私。 そもそも、毎回弾丸旅行なので、ゆっくりレストランに入ってる時間が無いってのもあるけど。 今回も、クリスマス真っ最中の26日の夕方にハンブルグを発ち、翌日の夕方にはボローニャを発つという強行ツアー。 目的はレッスンだからそれで充分なんだけど、レッスン後、フライトまで少し時間があったので、せっかくだから街をぷらぷら。 以前から気になってた、地元民達で込み合ってるお店に勇気を出して?入ってみました。 イタリア語の便利なとこは、食べ物の名前ならなんとなーく分かること。 チーズの名前やスウィーツの名前、パスタの種類などなど。 ここのデリは、すべて量り売りで、表示は1キロの値段。 イタリア語のみのおじいちゃんに、一生懸命注文。 きのことチーズのラヴィオリを500グラム欲しくて、色々身振り手振りで?注文してみると、 『mezza kilo??』とおじちゃん。 おーーーーー、そういえば “mezza voce” は“半分の音量で” mezza kg=1kgの半分=500g!!!!! 楽典万歳!!ちょっと感激!!!!! 余談だけど、バスに乗ってる時、降車口付近に立ってたら、イタリア人たちが『メッソ!メッソ!!』って、しきりに話しかけてきた。 分からないながらも、なんとなく『通して!!』って言われてると理解した自分にびっくりしたけど、そういえば、春に受けたイタリアのコンクールで、予選通過できなかった時に『ノナ メッソ!!』って言われたわ。 ノナ メッソはおそらく“No 通過” そう考えると、予選落ちも無駄じゃなかったかと。 メッソは、きっともう一生忘れないなぁ。笑 せっかくなので、ボローニャのクリスマス風景。 ![]() ![]() 街中の通りという通りがポルティコで傘いらずの街、ボローニャ。 なんでもこの地方は雨が多いからだって先生が教えてくれたけど、ハンブルグ在住の身としては、それは認められません。笑 この日も、あさから抜けるような青空だったし!!オーソレ ミーオ!!!! ![]() ![]() ![]() ドイツ語で、Weinacht(ヴァイナハト)って聞いた時は、ちょっとショックだったけど、ナターレはなんか古い響きがして、しっくりくるな。 とにもかくにも、2011年は、イタリアにとってもお世話になりました。 ボローニャには、これからも通うつもりだし、そのうちお気に入りレストランくらい、見つけられるようになりたいなぁ。 できれば、もうちょっとだけ、イタリア語の語彙も増やしたい。 ![]() 日本にいた頃、・・・というか若かりし頃、『絵画と音楽は繋がってるから、積極的に美術館に行きなさい。』って色んな大人(先生)たちから言われて、なんか大きい展覧会がある時は、美術館に行ったりしてみたけど、いまいちピンと来てなかった“音楽と絵画の関係” 留学してからも、ハンブルグはもちろん、有名な美術館がある街へ行くたびに色々見てきて、それなりに好きな絵とそうじゃない絵の区別がつくようになっては来たけど、それを自分の音楽にどう反映させればいいのか、実はさっぱりでした・・・。 フィレンツェは、街自体が大きな美術館と称されることもあり、ドゥーモやメディチ家の礼拝堂内部の美術品、小さな教会にも重要な美術品、ミケランジェロが設計した図書館は現役で使用されてるらしいし(彼設計のモザイク柄の床を普通に歩いて怒られた私・・・。)、ぶらぶら歩けば、広場にはダヴィデ像。 そんなこんなで、小さな街にギッシリと芸術が詰まってるわけですが、ちゃんとした“ウィフィツィ美術館”もあって、コロ先生も大絶賛だったので、足を運んでみました。 ハイシーズンなら数時間並ぶとのことだったけど、運よく前日にホテルのフロントのおじちゃん経由でチケットが予約できたので、日本人の団体を尻目に楽々と入場。 有名どころでは、ボッティチェリの“春”“ヴィーナス誕生”や、ミケランジェロの“受胎告知”などなど。 (そういえば、高校の時の世界史のテストで、ボッティチェリって名前、全然覚えられなかったなぁ・・・。笑) 入り口で日本語のガイドブックを買って、ざーーーーーっと眺め、気になった作品だけ見つめる・・・という作戦?にしましたが、いやーー疲れた・・・。 そんなに大きな美術館じゃなかったので、一応全館見たけど、本気で疲れました・・。 そして、芸術に触れて疲れる自分にがっかり・・・ 実のところ、いまいち私の心に響かなくて、何でだろ??って考えてみたところ、どうも、バッハ以前の時代というのが、ピンと来ないんじゃないかと。 そんな自分に呆れると共に、これぞ音楽と美術を関連付けて見れるようになったということか?・・・と思ったり。 そういえば、以前、私の弾くDebussyを聞いた先生に、悪い意味だけど『ドラクロワみたい。』と言われたことがあって、今年初頭に読んでた平野啓一の“葬送”に描かれてたドラクロワ像にも、ひどく共感することがたくさんあったのもあり、ウィフィッツィに所蔵されてる彼の自画像を探したのですが、どうやら、貸出中だった模様。 ドラクロワ発言をされたのと同じ先生に、私の弾くリストを『レンブラントみたい。』って言われたこともあるし、これは、やっぱり一回くらいルーブル美術館にも行かなきゃだめかなーー。 と思いつつも、『美術館は疲れる!』という意識がまた更に高まりつつある今日この頃。 とにかく日本人の団体客が多いのも、疲れる・・・・。 そんなウィフィツィ美術館から眺めた、ヴェッキオ橋。 ![]() ![]() ちなみに、橋の上の建物は、すべて宝石屋です。 あまりにも美術館に疲れたので、ホテルでひと眠りしてから、バスに30分ゆられ、山の上のミケランジェロ広場へ。 ダヴィデ像のレプリカがお出迎え。(フィレンツェには計3体のダヴィデ像があるらしい。) 夕焼けを狙っていくも間に合わず。 でも、灯りがともり始めたフィレンツェの街は、なんとも言えず、キレイでした。 この風景を、何人もの偉人が見てきたんだろうな・・・。 私の中での最古?バッハが生まれるずっとずっと前からの街並みで、これからもきっと、何百年も維持されていくんだと思うと、本当に不思議な気分になります。 ![]() そういえば、イタリアは、フィレンツェもボローニャも、ドイツみたいにクリスマス市とかが出てる感じでも無く、大きな広場にツリーが出てるくらいだったんですが、フィレンツェ滞在2日目に、ちょうどツリーに飾り付けしてる場面に遭遇! ここまで大きなツリーになると、そりゃ、飾り付けもごっつい感じになるわな・・・。 飾りが、メディチ家の紋章ってのも、さすがフィレンツェ! ![]() ![]() 約2カ月半ぶりに、イタリアへレッスンに行ってきました。 汗をふきふきの前回のレッスンから一転して、暖房の部屋でセーターを着た先生に出迎えられる。 『コンクールおめでとう!心から誇りに思うよ。』 シューベルトコンクールなんて、すっかり過去の事になっちゃってましたが、改めてそう言われると、やっぱり嬉しい反面、ようやく悔しい気持ちにもなってみたり。(ほんの少しだけだけど・・・。) でもまぁ、こうやって、自分の事のように喜んでくれる先生に出会えたってことは幸せな事だと思います。 そもそも非常に航空券が高い、ハンブルグ⇔ボローニャ。 色々調べてたら、ボローニャはフィレンツェから電車で45分。 しかも、パリで乗換え7時間のフィレンツェ行き飛行機なら割と安い。 ・・・ということで、今回は初フィレンツェ!!! せっかくなので、3泊4日のイタリア旅を楽しんできたというワケです。 乗換え待ちが長いので、1日目は移動だけになっちゃったけど、ついでに、パリで大好きなポンちゃんに会って、おいしーいランチに連れてってもらったし、大満足の三都物語でした。笑 2日目、朝からボローニャで2時間半みっちりのレッスンの後、フィレンツェに移動。 最近、各地で色んな歴史的建造物を見てるうちに、『へぇーー。』とぐらいしか思わなくなってきた残念な私ですが、フィレンツェのドゥーモには久々に感激させられました。 ![]() クーボラ(丸屋根)もかなり大きく、463段の階段で上まで昇れる・・・との事でしたが、今後の予定のことを考え、諦める。(エレベーター、ついてれば迷わず昇るのに。笑) ここって、何年か前に女子大生の落書きで大騒ぎになった場所で、ニュースで映像を見た気がするんだけど、カメラマンたち、重い機材を持って階段を昇ったんだろうか・・・と、くだらない事を考えながら一旦ホテルへ。 ひと休みしてから、向かったのはテアトロ・コムナーレ。 いわゆる“フィレンツェ歌劇場”です。 ![]() 作曲家のプッチーニは、フィレンツェ近郊のルッカという街出身らしいですが、まさに本場で聞くボエーム。 幕が開いた瞬間にニッコリしてしまうような、素敵な舞台。(特に、2幕のパリと3幕の雪のシーンがめちゃくちゃ素敵だった!さすがイタリア!!!) 歌の事を知りつくした、指揮者とオーケストラ。 みんなそれぞれがよーく歌を聞いて、柔軟に対応してて、ほんとブラボーの一言。 歌手たちの声がいいのはもちろんだけど、見た目(動作)だけじゃなくって、声の演技力も抜群。 一言、一言に心が揺さぶられる感じで(イタリア語、分からんなりに。笑)、1幕のミミとロレンツォのデュエットにはかなりキュンとして心が熱くなりました。 ![]() ピアニストにとっては、縁のない作曲家だけど、プッチーニのメロディーは良い! 何より、この音楽の素晴らしさ、歌手の素晴らしさ、舞台の素晴らしさが分かるって幸せなコトだと、何度も何度も思いました。 本当に音楽っていいなぁ、素敵だなぁって、心から思う機会が最近けっこうあるけど、こうやって素敵な音楽に出会うたびに、大好きで、大好きで、その大好きな音楽に一生関わっていけるのって、本当に幸せなことで、感謝の気持ちでいっぱいになります。 個人的にはムゼッタのアリア(ワルツ)が大好きでしたが、今後は?可能ならばロレンツォを歌いたい!! せめて1幕の最後だけでもいいし!!!笑 あ、あと、ずっとイタリア語で舞台を見てて、幕間も周りから聞こえてくるのがイタリア語っていうのも、なかなか2段階式?の夢を見てる感じで面白かったです。 そんなこんなで、終演はなんと23時半。 道も狭いし、路地が多いフィレンツェなので、なんとかバスとかに乗りたかったんですが、ホテルのフロントのおじさんが“ここのホテルからは、どこでも歩いて行ける!!”と、自慢げに徒歩の道順しか教えてくれなかったので、とぼとぼ25分かけて歩いて帰りました。 しかも、おじさん教えてくれた道、長細い路地で、とても夜中に通れるような感じじゃ無かったしっ!! 結局、広い道を選んで歩いてたら、ホテルに着いたのは0時過ぎ。 窓の外がガヤガヤしてたので、こっそり覗いてみると、ちょうど私が泊まってた部屋から向かいの建物に向かってクリスマスのイルミネーションをつるす作業中。 ![]() いつでもどこでも眠たい私にとって、こうゆう感じはまた新鮮で良し。笑 ![]() 日本から戻ってきて早半月。 よーうやく、日常を取り戻しつつあります。 かと言って、定期的にレッスンがあるはずでもなく、定期的に仕事に出るわけでもなく、目前に本番があるでもなく・・・。 そんなもんで、時差ぼけ治すのも、時間がかかったわけであります・・・。 (という言い訳。笑) そういえば、ただいま本厄真っ最中ですが、ドイツでは“厄年”なるものはないらしく、そのせいか、ドイツでのんびりしてる限りは、本厄にもかかわらず『なーんか低空飛行かも・・・。』ぐらい。 ・・・だったんですが、今回の帰国で『待ってました!!』とばっかりに厄がっ・・・。 耳掃除の途中に、綿棒の先(ふわふわの部分)が折れて左耳の中に取り残される。 何とか取り除くも、4日後にまたしても先が今度は右耳に取り残される。 右耳の分は見つからず・・・。いずこへ?? そして、メインイベント・・・。 交通事故ーーーー!!!!! 軽い鞭打ちですんだのは幸いですが、コンサートが終わると同時に目まい、倦怠感、眠気・・・は時差ぼけのせいか・・・? おまけに、厄払いに“長いもの”をと、母が買ってくれたネックレスで金属アレルギー発症。 金でアレルギー起きる人、ほとんどいないらしいのに、残念すぎる。 ドイツに戻って、ようやく厄も諦めてくれるかと思いきや、先日は下ろしたてのブラウスを学校のトイレの取っ手にひっかけて派手に破る。 さらに、夜遅くまで練習しすぎて、出口という出口が全部鍵を閉められ、電気がどんどん消されていき、あわや学校で夜を明かす危機に。 まぁ玄関で待ってたら、見回りから帰ってきた守衛さんに開けてもらえたけど。 他にも、なーんか色々あるんだけど、まぁ良いことも無くもないって感じで、のらりくらり毎日を送ってます。 今回、けっこう長く日本に滞在して、日本もいいかな~?って思い始めてるとこだけど、とりあえず、ヨーロッパにいれる間は、ヨーロッパで出来ることをしようと思う今日この頃。 目下のところ、メンドクサイとか言ってないで、ヨーロッパの空気を存分に味わおうと、コンサート、オペラ、バレエ、足しげく通おうかと。 この10日間で、4回ほどコンサート、バレエ等に参戦しましたが、先日は、愛しのコロ先生with仲間たち(奥さん、元門下生2人)のコンサートへ。 オールバッハで、先生がソロのピアノ協奏曲から2台ピアノの協奏曲、3台ピアノの協奏曲、そして4台ピアノの協奏曲という、かなり珍しいプログラム。 個人的には、ずっと先生のソロでいいのに。と思わなくもなかったけど、弦楽オケの前にずらりとピアノが4台並ぶ光景は、圧巻!! そして終演後、楽屋を訪ねると、『そろそろレッスンを再開しなきゃね。』という嬉しいお言葉が。 ようやくやる気が出てきました。笑 ずっとコロ先生にしか興味なかったけど、完全卒業を目前にして、ようやく他の先生へと目が向いてきたとこですが、コロ先生の声は、やっぱり何よりの“やる気導入剤”のようです。 まぁ、先生がここにいるから、私もハンブルグにいるわけで、そうなってる以上は、その空気を思い切り楽しみつつ、厄年を乗り越えたいと思う今日この頃。 本厄終了まで、あと2カ月!!!! ![]() 三井先生とのリーダーアーベント、終了しました。 今回は、京都文化博物館別館(旧日銀)にて、超満員のお客様の中、シューベルト、ブラームス、リスト、レーヴェのドイツ歌曲と、山田、中田などの日本歌曲を演奏してきました。 ピアノは、ちょっとお年を召したヤマハちゃん。 超繊細なコントロールが必要なリートを弾くのは、ちょっと大変だったけど、まぁ、会場も歴史的なものだし、ちょうどいいかな??笑 思い起こせば、初めて三井先生とご一緒させてもらったのは、大学2回生の時。 憧れだったいずみホールで弾くのはもちろん初めてだったし、何より私にとっての、人生初めてのフルリサイタルでした。 K芸の教授である先生が、年に1回必ずいずみホールで行われるリサイタル。 そんな大切なリサイタルに、ドレスを着てステージに上がったことも無く、2時間リサイタルを経験したことも無く、まとまったギャラをもらったことも無い二十歳そこそこの小娘(笑)に、しかも“リーダーアーベント”のピアニストを任せて下さった先生。 今思えば、かなり勇気ある決断!!笑 私は私で、まだ何にも分かって無くて、ただただいずみホールで弾ける事が楽しくて、あっという間に終わってしまった2時間。 若くて無知だったからこそ、こなせた仕事だったのかも・・・。 その後も、何度もご一緒させてもらい、色々な貴重なコトもたくさん教えていただいたし、今ではAB師匠と同じくらい大切な、私の音楽の師匠でもあります。 先生とステージを共にすると、『芸術家たるもの、こうあるべき!』というのを、肌でビシビシ感じることが出来る。 人の心を動かす“音楽”って、どんなものなのか、その神髄に触れることが出来る。 会場の空気を変える力と必要なエネルギーを、身をもって感じることが出来る。 本当に素晴らしい音楽家で、目指すべき音楽家でもあります。 そんな先生と、今回も一緒に演奏出来、また色んなことを吸収させてもらいました。 今回、シューベルト協会と先生のリサイタル、短期間のうちに2回のリーダーアーベントを経験し、また一段とリートに興味を惹かれてる自分に気付き、また一歩階段を昇れた自分にも気付くことができました。 ようやく、よーーーうやく、ドイツ語と音楽の結びつきを、ハッキリと認識しながら弾くことが出来るようになった気がするし、やっとこさ、リートにおける“本来のピアノの役割”に近づくことが出来始めてるような気も。 もっともっと勉強したい!!色んな曲と知り合いたい!!!! ここまで、心から“歌”を欲したのは初めてかもしれません。 先生と初めて共演してから、早10年。 ようやく、リートピアニストとして一歩踏み出せたのかも・・・。 リートを専門に勉強してる人も増えてきて、そんな人から見たら、ソロの片手間に弾くリートなんて・・・と思われるかもしれないけど、留学して以来ソロに専念してきたコトも、結果的には良かったと思う今日この頃。 とりあえず、目下の予定は一段落したので、また卒業試験に向けて、シフトチェンジして行きたいと思う、今日この頃。 とっても充実した帰国&演奏会でした。 ![]() ![]() 演奏会と演奏会の合間で、若干だらけております。 写真は、先日シューベルト協会の演奏会が行われた、兵庫県立芸文センター。 ホールが出来たての時に、リハーサルで使わせてもらって以来でしたが、相変わらず響きがまろやかで、なにより、ピアノがとにかく素晴らしい!! この日の調律師さんは、3年前に、松方ホール音楽賞の受賞者演奏会でお世話になった調律師さんでしたが、なんと覚えてて下さり、向こうから声をかけていただいて、嬉しかったです! 今回は“シューベルティアーデ”ということで、シューベルトの歌曲をひとり3曲ずつ、6人と共演させていただきました。 この数カ月、シューベルトコンクールへ向けて、シューベルトのピアノ曲と深く向き合ってたこのタイミングで、今度は歌曲にじっくり取り組めたことで、初めての曲はもちろん、何度も弾いてきた曲も、新しい発見がたくさんありました。 6人中、4人が初共演だったのも新鮮で、母校の先生や、某女子大の教授先生とも共演させていただき、歌手たちの演奏から得るものも多く、ちょうど“シューベルトセンサー”が感度良好だったのもあり(笑)、たくさんのものを吸収することが出来たような気がしてます。 そういえば、シューマンの幻想曲に悩んで悩んで悩みぬいた直後は、シューマンの協奏曲が地図が書けるくらいハッキリと見えてきたような気がしたし、こうやってみると、一時期に、1人の作曲家に集中して取り組むのも悪くないのかも。 曲も共演者も多い割に合わせも少なかったし、何しろコンクールが終わってから集中的に譜読みしようと思ったら熱出して寝込んじゃったし・・・って、これはまぁ私の都合だけど、色々心配な事もあったけど、とにかく無事・・・というより、大盛況に終わり、本当に良い経験をさせていただきました。 感謝、感謝です。 留学前は、それこそ常に歌曲をかかえてましたが、ドイツではほとんどリートは勉強せず。 リートはやっぱり、ちょっと特殊で、時間が空くと、勘を取り戻すまで時間がかかる。 それでも、ここ1,2年で、リートを演奏する機会が少し増え、コンスタントに勉強させてもらえてるので、ようやく学生時代の勘が戻ってきた感じで、それが今までコロ先生と勉強してきたことと、うまく融合出来るようになった気がします。 ドイツ語をダイレクトに理解できてたり、ちゃんと聞こえてくるようになったのも大きいのかも。 今後も、ずっと定期的に演奏活動を続けていきたい分野です。 だからというワケではないですが、日本滞在中にもう一つ!! K芸時代から、とーーーってもお世話になっている三井ツヤ子先生のリサイタルに、今年もご一緒させていただくことになりました。 とはいっても、いつものいずみホールではなく、今年は京都の文化博物館にて。 どうやら、震災のチャリティーコンサートになる模様。 建物自体も歴史的なものだし、プログラムも最高に良いし、私自身もとても楽しみにしています。 チケットは申し込み抽選だったらしく、すでに締め切り終了、かなりの数の応募があったみたいですが、数枚ならなんとかなるかも・・・とのこと。 ご興味がある方は、連絡いただけると嬉しいです。 今度も引き続きシューベルトの歌曲に夢中。 なかでも初『菩提樹』。まだまだ冬の旅の世界へ辿りつけてませんが、やっぱり素晴らしい作品。 あとは、大好きな日本歌曲に加えて、Brahmsのジプシーの歌、リストの歌曲など、初挑戦も多々。 ジプシーの歌にも、かなりハマってます。 ちょうど、協奏曲の1番も譜読み中だし、Brahmsのエッセンスがギュッと詰まったこの曲が、先生の熱い熱い情熱によって、どんな演奏になるのか、かなり楽しみ。 ちょっとソロの方は、まだまだやる気が出てくる気配はしませんが、この際なので、しっかり歌曲の世界に使ってこようと思います。 2011年12月10日(木) 18時半開演(18時開場) 歴史と共に〈音楽〉を楽しむ音楽会シリーズ20 最終シリーズ〈第三夜〉 「歌曲名曲散歩道─心に染みる歌の花束」 京都文化博物館別館ホール お話=岩淵龍太郎(京都市立藝術大学名誉教授) 出演=三井ツヤ子(メゾソプラノ) プログラム=シューベルト/「菩提樹」「野ばら」、山田耕筰/「曼珠沙華」、中田喜直/「夜店の唄」、 レーヴェ/「魔王」、リスト/「ローレライ」、ブラームス/「ジプシーの歌」(全曲) ほか。
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